竹久夢二 随筆集「砂がき」より 青い窓から

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  青い窓から

   無宿の神樣
 歌集「寂光」の會のくづれが東洋軒の地下室を出ると、銀座の方へ歩くものと濠端の方へ行くものと二組に別れた。
「君はどちら?」
 と誰かゞ聞いた。今夜は何處へいつて泊らうか決つてゐなかつた自分は、ちよつと考へる風をしたが――その實、考へてなんか居なかつたが、
「こつちにせう」
 さう言つて濠端の方へゆく一團に加はつた。
「君は此頃何處にゐるんだ」
 と自分が彼に肩を並べるとY君が聞いた。何處に住んでゐるんだと彼は聞いたに違ひないのだが、説明がちよつと面倒だから、
「何處にでも」
「ぢや神樣のやうなものだね」
 皆は一齊に笑つた。自分も笑つたが、
「今夜は何處へ泊るんだね」
 さつきの戲談のつゞきで、
「信ずる者の所へ」
 そうは答へたが、何故か笑へなかつた――皆も笑はなかつた。
 帝劇の前へ來ると、皆に別れて、濠端を神田橋の方へ歩いた。月があつたのか知ら、二重橋が程好いおぼろの中に明るく見えた。田舍の小學校で善良な生徒であつた頃、讀本の挿繪で見た二重橋の歴史的壯厳の感じを受けた外、今夜のやうに重い美しい均勢を持つた二重橋を見たことはなかつた。明治神宮のどこやらを飾るために畫いたという藤島武二氏の繪を、いつか先生の畫室で見たのを思ひ出す。ちよつとドガの競馬場を思出させるやうな風格のもので、意氣な馬と馬車とシルクハツトを着た御者を前景にした二重橋の風景だつた。二重橋でも繪になるものだな、とその時思つた事だが、今夜は全く別な趣きを持つて見えた。
 しかし、無宿の神樣は、ちよつとさう思つたきりで、足をも停めずに暗い濠端の敷石の上を、綱渡りの冒險の快感を、すこしづゝ味ひながら神田橋の方へ歩いた。
 いつか藤村氏が「並木」という小説を書いたシーンはこの邊だつたな。あの小説の中だつたかな、何でも年老つて世にはぐれた男と、世に頼りない若い女とが、裏街裏街とさまよひ歩いて、人中へ出れば出るほど寂しくなつて、寄り所のない魂が二つ人目をさけて手をとり合つたことが書いてあつた。
 無宿の神樣は、そんな事はどうでも好かつた。折しも後からすばらしいヘビーで駈けて來た電車がいま/\しかつたので、それへ飛び乘つた。「本郷肴町行」まゝよ、肴町なら恰度好い、高林寺へいつておしのの墓へでも詣つてやらうかな。
「やあ、また一所になりましたね」
さつき帝劇の前で別れたS君が乘つてゐる。變にはぐれた心持でS君はしばらく默つてゐたが、
「先頃の旅はどちらでした」ときく。「はゝあ、莊内の方は好いさうですね、女が美しくて」
 氣まぐれにおそろしく雄辯になつて自分はしやべつてゐた[#「ゐた」は底本では「ぬた」]。
「莊内は、江戸の文化に影響されずに、浪華・長崎・金谷の港を經て日本海を船で、天平や切支丹がまつすぐに來たんですね。昔から傳つてゐる調度は無論だが、地方の農家で婚禮の時に使ふ簟笥掛だの傘袋だの風呂敷の紺木綿の模樣デザインが、悉く天平物です。女の顏もやはり天平顏ですね。そのくせ男の顏は諸國の影響を受けてゐるせゐか、純粹の大和民族といふ趣はありませんね。ぼくはこゝで降ります」
 須田町で降りてぼんやり――さうだ、ぼんやりという姿勢ポーズではあつたが、なか/\ぼんやりしてはゐなかつた。電車や自動車になど脅かされるのがいま/\しいから、銅像の下へ立つてゐたのだ。いつもこゝを通る時、電車の窓から見えるのは、中佐殿の脚下に見得をきつてゐる何とか曹長の顏だけだが、今夜はつく/″\中佐殿の雄姿も仰ぎ見ることを得た。中佐殿はまだ好いが、曹長の耕されてゐない、何を植えても生えさうもない荒地のやうな、せゝこましい、とても怨めしさうな勇しさは、今にも躍りかゝつて、さうだ何の見わきまへもなく劍附鐵砲で突刺されさうなのであつた。
 それから無宿の神樣は、信ずる者の所へいつたであらうか、それを知つてゐるのは、お月樣だけでありました。

   山の話
 登山會といふ會はどういふことをするのか私は知らないが、多分、人跡未踏の深山幽谷を踏破する人達の會であらう。自分も山へ登る事は非常に好きだが、敢て、高い山でなくとも、岡でも好い。氣に入つたとなると富士山へ一夏に三度、筑波、那須へも二度づゝ登つたが、いつも東京の街を歩くよりも勞れもせず、靴のまゝで散歩する氣持で登れた。その位な登山の經驗で山を語る資格はないのかも知れないが、山は必ずしも登らないでも眺めても、好いものではないだらうか。九州の温泉岳は就中好きな山だつたが、島原町の船の中から望み見た山のたゝずまひは、石濤の畫いた繪そのまゝの、近づきがたい容威と、抱きよせるやうなシヤルムを持つてゐる。誰が名づけたか島原では眉山と呼んでゐる。島原の港を前景にして九十九島の島影に船を浮べて見る眉山は、仰ぐといふほど近くなく、望むといふほど遠くなく、實に程好い麗しさと險しさを持つている。この土地で盆祭りや精靈流しのことも書きたいが山の話に返らう。
 海から見る山では、讃岐の象頭山と神戸の摩耶山を思ひ出す、象頭山は十六歳の私、郷里を落ちて九州へゆく時祖父と二人酒船の中から見たのと、神戸の中學へ入學した年、船の中から見た摩耶山は今も忘れないが、今見たらつまらない山かも知れない。しかし紀州灘で見た熊野の連峰や、鳥海山や、彌彦山は今見ても好からうと思はれる。
 山は成長するものか、衰退するものか知らないが、文晁の名山畫譜を携へてあの山々を見較べて歩いたら面白からうと思つた事がある。文晁畫譜は彼が初期の作であらうか、非常に寫實に畫いてゐるから、日本畫の弊として筆勢らしいものがいくらか山の特性を失つてゐるかも知れないとしても、克明に寫生して後世に殘したものは有難いと思ふ。
 いつの夏であつたか、加賀の白山つゞきの藥王山の麓にある、湯涌という温泉にゐたことがある。ある日曜日に金澤から見舞に來て呉れたN君と、晝飯をすまして宿の二階で、參謀本部の地圖を展げて見てゐると、湯涌村から地圖の上で二三寸山の方へ入るともう路が盡きてゐる。參謀本部の地圖に描いてない位だから人跡未到の地だ。
「一つ探險に出かけませうか」
 そんなことを言つて出かけた。
 地圖を見ながら、二里――或は三里ともまだ上がらないうちに果して路は盡きてゐる。地圖によると左右に二つばかりの峰を越えて藥王山があるわけだつた。左手の方は白山まで地圖の上で七八寸ある。
「どちらへ行つたものだらう」
 獨歩は「武藏野」の中に「路がわからなかつたらステツキを立てゝそれの倒れた方へゆけ」と書いてゐたが、吾々は白山の方へ向つて歩いた。さう書くといよ/\探險らしいが、登山らしい何の用意もなかつたことだし、實は、自分達は湯涌へ流れ落ちてゐる川が、今自分達の歩いている峰の左手は谷にある筈だから、どんなに間違つても川の方へさへ辿りつけば路を迷ふ氣遣はあるまいといふ、用意周到な冒險であつた。
 それがN君は、親讓りの時計についた磁石を取出して方向を見たりして、ひとかどの冒險らしく振舞つたことが、その時は、さほどをかしくも不自然だとも思はなかつた。
 昨夜からひどく降つた雨も、今朝からすつかり上つたけれど、雨の多い山國の初秋のことで、鼠色の雲が空を閉ざし、白い雨雲が國境の方の峰から走つて來ては、足もとをかすめては谷を越えて、向ふの峰へ飛んでゆくのが、冒險家に一入の風情を添へたのだつた。
 一つの峰を越えて次の谷へかゝつた時には、足許がかなり危かつた。雨上りの岩角は滑るし、土の肌の見えないまで落ち積つた枯葉は、ねと/\と靴を没して、歩き辛いこと夥しい。はじめのうちは、珍らしい蕈や、見たこともないやうな草花を寫生したり、採集したりしたが、今はもう、口をきくのさへ臆劫になつて來た。この場合もしどちらかが口をきくとすれば、「よわりましたね」とか「草臥れませんか」と言ふ外なかつたのだから、二人は弱氣をかくして、默つて勞り合ひながら次の峰を登つていつた。
 漸くのことで、峰の頂まで登りきると、申合せたやうに、そこへ――濡れた草の上へ、べつたり腰を卸した。
 行くみちはあまりに遙かだつた。
 私達は、來た方を見返へつた。だが今越えて來たばかりの峰さへも見えなかつた。
 眼で見えない時は、耳で見る。
 白い雲の底に、かすかに瀬の音を、二人は聞いた。そして稍安堵の思ひをなした。
 マツチを五六本費して辛うじて、煙草に火をつけた。先年、金澤の高等學校の學生が白山で行衞不明になつたことを思出したが、それを話題にするには、あまりに實感が恐かつた。
「さあ、また歩きますかな」
 二人は立上つたが、歩き出しはしなかつた。もつと先へ行くか、バツクすべきかと言出しかねて立つた。おなじ道を引返すことは、どんなに窮しても興味のないことだし、やはり、白山の方角へ向いて谷の方を見てゐた。
「あれは何でせう」
 自分は、土肌を露した山の中腹に小屋のやうなものがあるのを指した。
「炭燒小屋でせう」
「兎に角、あの方向へいつて見ませう」
 さう言つてまた峠を下つていつた。こゝで二人はかなり元氣を囘復してゐた。
 果してこれは炭燒小屋であつた、人がゐるとも見えなかつた。
「こゝからなら川の方へきつと道がありますね」
 二人は路を見つけて、その路を歩き出した。路は次第によくなつた。そして川の方へ向いてゆくのだつた。言はず語らず、二人はもう歸途に就いたのであつた。川瀬の音がはつきり身近かに聞かれるやうになると、路は急な坂になつた。二人はもう、別な冒險をやりながらどん/\走つてゐた。
「來た/\」
 幹の間に、白い小川がちら/\と見えるのだつた。瞬く間に私達は、川の淵まで降りて來た。そして路は川の向ふについてゐる。上から見た時には、一間にも足りないまでの川だと思つたのに、淵へ来て見ると、夜來の雨で水嵩が増して二間位ある。その黄ろい水が渦を卷いてゐる。幅二間半とは、後で考へたことで、その時には音にきく富士川の激流のやうに思へたのだつた。だから、勢よく先きに歩いて來た、N君はいきなり飛越える姿勢ポーズをとつた瞬間、自分は抱きとめてしまつた。ほんたうは、たとへいくらかは水に濡れるにしても、坂を走つて來た勢を止めずにいつそ飛こんだ方がよかつたのかも知れない、と後で思つたことだが。
 さて、抱きとめられたN君も、淵に立つて水の勢ひを見るとさすがに二の足をふんだものか、當惑した顏を見合した。水の淺い時は、山の人たちは、徒渉るのと見えて大きな岩が川の中に並んでゐる。向岸の水際に破れた檜笠と草鞋が半足ある、そいつが馬鹿に陰氣に見えるのだつた。こゝを渉らうとして溺死した人間を想像させる哀れな姿ポーズをしてゐるのだつたから。
「どうせう」
「まづぼくが瀬ぶみに飛んで見よう」
「ちよつと待ちたまへ」
 自分はさう言つてN君を制して、二三間川下の岸に立つてゐるねむの木を見つけた。昔、讀本でよんだ古智に傚つて、その木へ登つていつた。ところが靴だもので、うまく登れない上に、その木がまたひどく細いので五六尺登つた所で、川の上へしなつてしまつた。今一尺先へ進んだら、多分川の中へ落ちさうに、ぶらつとしなつたのだ。
 往來で轉んだ人が見られはしなかつたかと氣兼するやうに、N君の方へ見返ると、N君は笑つてゐる。
 川のまん中で考へて見ると、たかゞ、丈のたゝないほどの川でもあるまいし、一里や二里から泳いだことのある自分だし、何を恐れてゐるんだらう。これも後で考へたことなのだが、この場合、たゞ濡れることを恐れたに過ぎなかつたのだ。
 時計と、紙入と、寫眞機をポケツトから取出して、向ふ岸へ投げておいて、身體を二三度搖つて反動をつけておいて、向ふ岸へ飛んだ。左の足は水へ落ちたが右の足は辛じて岸へかゝつた、
 N君はやつぱり、はじめの所から飛ぶことにした。思つたよりも樂に、足を少し濡らしただけでN君も無事だつた。
 人間はどれだけ物を誇張して考へるものだか。
 かう底が分つて見れば平氣なもので、それからも路はこの川を左岸へ渡つたり右岸へ越えたりしてゐたが、ざぶ/\腰の邊まで水につけて、杖で飛石を探りながら浸つて來た。日はいつの間にか暮れて、雨さへ降つて來たが、路がだん/\よくなつたので元氣づいた。どの位歩いたか知らなかつた。五時間あまり山を歩いたのだからまだ湯涌までは、よほど遠いと覺悟して、ある村へ着いたので、温泉場の路を聞かうととある家の戸口へ立つと、そこが宿だつた。

   カリガリ博士

 活動寫眞といふものはさう好きではない。殊に主題の淺薄な、プロツトの出鱈目な米國物を喝采してゐる觀客の氣が知れない。機械的に大がゝりな、氣の若い安價な彼等のイージーゴーイングな生活は、彼等の國民性だから仕方がないとしても、どの役者も、いたるところで見得を切る、ある動作にうつるまへには必ず、きざな身振りでまづ觀客の注意を引く、あれが實にいやだ。可笑しいことにあの世界の田舍物らしいメリケンスタイルを、マツチのすりやう、手の振りやう、肩の搖り方、歩き方、首の振り樣まで眞似て、銀座の歩道や、カフエーや、帝劇の廊下で實習してゐる若紳士を見かける。
 最近に來た獨逸表現派の「カリガリ博士」といふ映畫は、實に素晴しい物だつた。出てくる人物は少しも出てくると思はせない。全く彼等の生活の中に生活してゐる。それは實に靜かだ。數秒の間おなじ背景の前におなじ姿勢ポーズをして立つてゐても、觀る者の心は、息苦しいほど働いてゐるのだ。人物が歩いて來るとしても、豆人大の遠方から、等身大に見えるまで、一つ背景の中を來るのだ、背景は少しも變らない。從つて動きもしない。そしてその背景がまた素晴しい印象的な人工的な自然であつて、最も自然らしい自然だ、見ないものにそう言つただけでは解るまいが、背景も繪なら、人物も悉く繪なのだ。どうしてとつたものかその人物も悉く、輪廓の線の太い、描いたやうながつしりした背景にしつくりあてはまつてゐるのだ。これを見ると深山幽谷や風光明媚の地へわざ/\出かけて通俗な背景を作ることよりも、人工的なこの背景の方がどの位效果的エフエクチープだかわからない、つまり自然そのもの、寫眞よりも描いた背景の方が、ずつと本物らしく、感じが深いと言へる。人物の動作にしても、わかりきつた筋書を、さも尤もらしく、大の男が商賣、とは言ひながら、徒らにせか/\と運んでゐるのは馬鹿々々しい。捕るにきまつた山の中へ哀れな少女が出かけると、ちやんとそこには舞臺でおなじみの、觀客諸君にもかねてお馴染みの惡漢が、突然實に偶然らしく、ちやんときまつて表はれる從來の活動に比べると、表現派の方は、偶然や當然は通り越した必然さを持つて表はれる。尤も登場人物が狂人だから、役所の役人の椅子が馬鹿げて高く作つてあつたり、建築物が往來へ傾いてゐたり、空が三角形の破片で光つたりするが、この狂人の幻想が狂人の幻想でなく、やはり我々の中にある感覺にどこかしらぴつたりと入つて來て、自分も畫中の人物とおなじ幻想を感じるやうになつて來るのだ。就中、カリガリ博士がサーカスの馬車から逃げ出して病院へ歸る路すがらの風景とあの博士の歩き方は、歩くというより立つたま々で坂をずつと上つてゆく、羽化登仙とでも言ふ走り方は、もの慘いほどはつきり今でも眼の前に浮いて來る。參考のためのスケツチをこ々へ入れておかう。


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ゆり

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どうだ、美しいだろう?俺は一日見てても飽きないぞ!
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 百合 Lily
花名の「ゆり」は、茎が細く花が大きいため、自然に風に揺れる様子から「揺すり」と呼ばれ、それが変化して「ゆり」になったともいわれ漢字の「百合」は漢名からで、ユリの鱗茎の鱗片葉が多数重なり合っていることに由来するといわれている。学名「Lilium(リリウム)」は、ギリシア語の「leirion(白色)」を語源とし、マドンナリリーの白花にちなむといわれ英語では「Lily(リリー)」、フランス語では「Lis(リス)」と呼ばれている。
ユリとギリシア神話
全知全能の神のゼウスが、眠っている妻ヘラ(結婚と母性、貞節を司る最高位の女神)の乳を息子のヘラクレスに飲ませた際、こぼれ落ちたヘラの乳が天の川(Milky Way)になり、地上にこぼれた分がユリになったといわれている。そしてユリはヘラの花とされ、清純、純潔、母性の象徴とされ、そのユリのイメージはキリスト教とも結びつき「純潔」のシンボルになってゆく。
ユリと絵画
聖母マリアに捧げられた純潔のシンボルである白いユリは、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた有名な宗教画『受胎告知』でも、神の子の懐妊を告げる大天使ガブリエルの左手に描かれている。そして、17世紀にローマ教皇が聖母マリアの処女性を象徴する花として白いユリを描くように布告を出すと、白いユリは聖母を象徴する花となりマドンナリリーと呼ばれるようになる。

周年出回る花(最盛期は6~7月)。花色は赤、ピンク、白、黄、オレンジ、緑、複色など。

ユリの花言葉
キリスト教では白いユリ(マドンナリリー)が聖母マリアに捧げられた花であることから純潔のシンボルとされている。「純潔」「純粋」といった花言葉もこれに由来し「威厳」の花言葉は、ユリの堂々たる花姿にちなむ。赤・ピンクのユリの「虚栄心」は、キリストの磔刑が決まり、多くの花がキリストの運命を嘆いて首を垂れるなか、ユリだけは自分の美しさが慰めになると、誇らしげに頭を上げていた。しかし、キリストに見つめられると自分の思い上がりに気づき、赤くなって首をうなだれたという伝説に由来するといわれている。

「純粋」「無垢」「威厳」

色別の花言葉
白いユリ
「純潔」「威厳」
赤・ピンクのユリ
「虚栄心」
黄色いユリ
「偽り」「陽気」
オレンジのユリ
「華麗」「愉快」「軽率」
 
種類別の花言葉
カサブランカ
「威厳」「純潔」「高貴」
ヤマユリ
「荘厳」
テッポウユリ
「純潔」「甘美」「威厳」
オニユリ
「賢者」「富と誇り」
ササユリ
「清浄」「上品」
クルマユリ
「純潔」「多才な人」
カノコユリ
「慈悲深さ」「上品」
スカシユリ
「注目を浴びる」「飾らぬ美」
ヒメユリ
「誇り」
ヒメユリの詳細
 
 
ユリ誕生花
7月13日(テッポウユリ)、7月15日(ササユリ)、7月19日(黄)、7月24日、7月31日(ル・レーブ)、8月2日(カノコユリ)、9月1日(オニユリ)、11月18日(ヤマユリ、テッポウユリ)
 
 
 
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
女性の美しさを形容する言葉として「立てば芍薬(シャクヤク)、座れば牡丹(ボタン)、歩く姿は百合(ユリ)の花」がある。
この由来として、シャクヤクは茎の先端に花を咲かせ、ボタンは枝分かれした横向きの枝に花をつけ、ユリは風に揺れるさまが美しい。だから、シャクヤクは立って、ボタンは座って、ユリは歩きながら見るのが一番美しいという説がある。他にも、シャクヤクは美しい女性が立っているようであり、ボタンは美しい女性が座っているようであり、ユリは美しい女性が歩くようである、など諸説もある。
 
理想の女性とは
西洋では、バラ、ユリ、スミレはトリオで、バラは「美(beauty)」を、ユリは「威厳(majesty)」を、スミレは「謙虚(modesty)」と「誠実(faithfulness)」をあらわすといわれ、この3つを兼ね備えたひとが理想の女性といわれている。また、これらの花はいずれも聖母に捧げられ、多くの花々のなかで特別に扱われている(薔薇の時と同じだが掲載)。
 
ユリの種類
ユリは北半球に広く分布します。日本は観賞価値の高いユリの宝庫といわれている。「ユリの女王」といわれるカサブランカは、日本に自生するヤマユリ、タモトユリなどをもとに交配したもの。
カサブランカ
純白の大輪の花を咲かせ「ユリの女王」といわれる花。モロッコの都市の名を持つカサブランカは、日本のヤマユリ、カノコユリ、タモトユリなどを原種とする品種。1970年代にオランダで生み出され、世界的なブームを起こした。結婚式のブーケや贈り物としても喜ばれる花。
ヤマユリ
風貌が豪華で華麗であることから「ユリの王様」といわれる日本特産のヤマユリ。花名は山中に生えることからつけられた。7月~8月頃にユリの仲間のなかで最大級となる花を咲かせる。白い花びらの中心には黄色の筋が走り、紅色の斑点が散っている。日本に自生する花の中では例外的ともいえるほど強い芳香を放つ花。
テッポウユリ
原産地では4月~6月に純白で細長い筒状の花を横向きにつける。近縁種のタカサゴユリによく似ているが、通常タカサゴユリよりも小型。
オニユリ
草丈が1~2mになる大型のユリ。7月~8月頃にオレンジ色の花を咲かせ、花には濃褐色で暗紫色の斑点がある。花は大きく反り返る。
ササユリ
日本特産で日本を代表するユリ。葉や茎が笹に似ていることから名づけられた。5月~7月頃に淡いピンク色の花を咲かせる。同じようにピンク色の花をもちよく似たオトメユリ(別名:ヒメサユリ)があるが、ササユリの花粉の色は赤褐色、オトメユリは黄色くなっているところで区別する。
クルマユリ
高山帯から亜高山帯の冷涼な土地に自生するユリ。7月~8月頃に5~6cm程度のオレンジ色の花を咲かせ、花には濃紅色の斑点がある。
カノコユリ
日本では九州や四国に自生するユリ。別名は、ドヨウユリ、タナバタユリという。花名は花弁に鹿の子(かのこ)模様の斑点があることからつけられた。江戸時代に長崎オランダ商館の医官として滞在したドイツの博物学者シーボルト(1796~1866)がカノコユリの球根を日本から持ち出し、初めてヨーロッパで知られるようになった日本のユリとされている。

スカシユリ
日本の中部地方以北の海岸の砂礫地や崖、岩場に生育するユリ。太平洋岸の個体群では7月~8月頃、日本海側の個体群では5月~6月頃に10cm程度の赤褐色の斑点を持つオレンジ色の花を咲かせる。
植物スカシユリの詳細: Wikipedia
 
西洋の花言葉(英語)
Lily(ユリ全般)
「purity(純粋)」「refined beauty(洗練された美)」
White Lily(白いユリ)
「virginity(純潔)」「purity(純粋)」「majesty(威厳)」
Red Lily(赤いユリ)
「warmth(優しさ、暖かさ)」「desire(願望)」
Pink Lily(ピンクのユリ)
「wealth and prosperity(富と繁栄)」
Yellow Lily(黄色いユリ)
「gaiety(陽気)」「falsehood(偽り)」「I’m walking on air(天にも昇る心地)」
Orange Lily(オレンジのユリ)
「hatred(憎悪)」
Casablanca(カサブランカ)
「celebration(祝賀)」
 
開花時期: 5月~8月
出回り時期: 周年(最盛期は6~7月)
花持ち期間: 7~10日程度

 学名: Lilium spp.
和名: 百合(ユリ)
英名: Lily
原産地: 北半球の亜熱帯、温帯、亜寒帯
 
ユリを国花とする国
バチカン(マドンナリリー / ニワシロユリ)、フランス

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福井県 坂井市春江町 ゆりの里公園!最愛の人にプロポーズするなら此処をおススメする。但しゆりが咲いてる時期にな!


English Bible "Exodus 37"


Exodus
37
1 Bezalel made the ark of acacia wood. Its length was two and a half cubits,* and its width a cubit and a half, and a cubit and a half its height. 2 He overlaid it with pure gold inside and outside, and made a molding of gold for it around it. 3 He cast four rings of gold for it, in its four feet—two rings on its one side, and two rings on its other side. 4 He made poles of acacia wood, and overlaid them with gold. 5 He put the poles into the rings on the sides of the ark, to bear the ark. 6 He made a mercy seat of pure gold. Its length was two and a half cubits, and a cubit and a half its width. 7 He made two cherubim of gold. He made them of beaten work, at the two ends of the mercy seat: 8 one cherub at the one end, and one cherub at the other end. He made the cherubim of one piece with the mercy seat at its two ends. 9 The cherubim spread out their wings above, covering the mercy seat with their wings, with their faces toward one another. The faces of the cherubim were toward the mercy seat.
10 He made the table of acacia wood. Its length was two cubits, and its width was a cubit, and its height was a cubit and a half. 11 He overlaid it with pure gold, and made a gold molding around it. 12 He made a border of a hand’s width around it, and made a golden molding on its border around it. 13 He cast four rings of gold for it, and put the rings in the four corners that were on its four feet. 14 The rings were close by the border, the places for the poles to carry the table. 15 He made the poles of acacia wood, and overlaid them with gold, to carry the table. 16 He made the vessels which were on the table, its dishes, its spoons, its bowls, and its pitchers with which to pour out, of pure gold.
17 He made the lamp stand of pure gold. He made the lamp stand of beaten work. Its base, its shaft, its cups, its buds, and its flowers were of one piece with it. 18 There were six branches going out of its sides: three branches of the lamp stand out of its one side, and three branches of the lamp stand out of its other side: 19 three cups made like almond blossoms in one branch, a bud and a flower, and three cups made like almond blossoms in the other branch, a bud and a flower; so for the six branches going out of the lamp stand. 20 In the lamp stand were four cups made like almond blossoms, its buds and its flowers; 21 and a bud under two branches of one piece with it, and a bud under two branches of one piece with it, and a bud under two branches of one piece with it, for the six branches going out of it. 22 Their buds and their branches were of one piece with it. The whole thing was one beaten work of pure gold. 23 He made its seven lamps, and its snuffers, and its snuff dishes, of pure gold. 24 He made it of a talent† of pure gold, with all its vessels.
25 He made the altar of incense of acacia wood. It was square: its length was a cubit, and its width a cubit. Its height was two cubits. Its horns were of one piece with it. 26 He overlaid it with pure gold: its top, its sides around it, and its horns. He made a gold molding around it. 27 He made two golden rings for it under its molding crown, on its two ribs, on its two sides, for places for poles with which to carry it. 28 He made the poles of acacia wood, and overlaid them with gold. 29 He made the holy anointing oil and the pure incense of sweet spices, after the art of the perfumer.

出エジプト記
第37章
37:1ベザレルはアカシヤ材の箱を造った。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半、高さは一キュビト半である。 37:2純金で、内そとをおおい、その周囲に金の飾り縁を造った。 37:3また金の環四つを鋳て、その四すみに取りつけた。すなわち二つの環をこちら側に、二つの環をあちら側に取りつけた。 37:4またアカシヤ材のさおを造り、金でこれをおおい、 37:5そのさおを箱の側面の環に通して、箱をかつぐようにした。 37:6また純金で贖罪所を造った。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半である。 37:7また金で、二つのケルビムを造った。すなわち、これを打物造りとし、贖罪所の両端に置いた。 37:8一つのケルブをこの端に、一つのケルブをかの端に置いた。すなわちケルビムを贖罪所の一部として、その両端に造った。 37:9ケルビムは翼を高く伸べ、その翼で贖罪所をおおい、顔は互に向かい合った。すなわちケルビムの顔は贖罪所に向かっていた。
37:10またアカシヤ材で、机を造った。長さは二キュビト、幅は一キュビト、高さは一キュビト半である。 37:11純金でこれをおおい、その周囲に金の飾り縁を造った。 37:12またその周囲に手幅の棧を造り、その周囲の棧に金の飾り縁を造った。 37:13またこれがために金の環四つを鋳て、その四つの足のすみ四か所にその環を取りつけた。 37:14その環は棧のわきにあって、机をかつぐさおを入れる所とした。 37:15またアカシヤ材で、机をかつぐさおを造り、金でこれをおおった。 37:16また机の上の器、すなわちその皿、乳香を盛る杯および灌祭を注ぐための鉢と瓶とを純金で造った。
37:17また純金の燭台を造った。すなわち打物造りで燭台を造り、その台、幹、萼、節、花を一つに連ねた。 37:18また六つの枝をそのわきから出させた。すなわち燭台の三つの枝をこの側から、燭台の三つの枝をかの側から出させた。 37:19あめんどうの花の形をした三つの萼が、節と花とをもって、この枝にあり、また、あめんどうの花の形をした三つの萼が、節と花とをもって、かの枝にあり、燭台から出る六つの枝をみなそのようにした。 37:20また燭台の幹には、あめんどうの花の形をした四つの萼を、その節と花とをもたせて取りつけた。 37:21また二つの枝の下に一つの節を取りつけ、次の二つの枝の下に一つの節を取りつけ、さらに次の二つの枝の下に一つの節を取りつけ、燭台の幹から出る六つの枝に、みなそのようにした。 37:22それらの節と枝を一つに連ね、ことごとく純金の打物造りとした。 37:23また、それのともしび皿七つと、その芯切りばさみと、芯取り皿とを純金で造った。 37:24すなわち純金一タラントをもって、燭台とそのすべての器とを造った。
37:25またアカシヤ材で香の祭壇を造った。長さ一キュビト、幅一キュビトの四角にし、高さ二キュビトで、これにその一部として角をつけた。   37:26そして、その頂、その周囲の側面、その角を純金でおおい、その周囲に金の飾り縁を造った。 37:27また、その両側に、飾り縁の下に金の環二つを、そのために造った。すなわちその二つの側にこれを造った。これはそれをかつぐさおを通す所である。 37:28そのさおはアカシヤ材で造り、金でこれをおおった。
37:29また香料を造るわざにしたがって、聖なる注ぎ油と純粋の香料の薫香とを造った。

アジュガ

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家の庭で見た!多分庭の何処かで咲いてると思う!


アジュガ
青紫色の花を咲かせるアジュガの名前は、ギリシア語の「A(無い)」と「jugos(束縛)」の二語から作られていて、花の形が2枚の唇形の花びらからできているものの筒状の萼との境目がないことに由来している。

アジュガの花言葉

「心が安まる家庭」

花名
アジュガ
学名
Ajuga reptans
和名
セイヨウキランソウ
別名
西洋金?草、レプタンス(学名より)
原産地
ヨーロッパ
分布
ヨーロッパ、代表的なカバープラントとして世界各地に普及
生育地
日当り、半日陰のどちらでも良いが、湿気の多い場所を好む
主な開花期
4月~5月

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これを観に行ったことはないけどやはり人の家の庭とかで栽培してるのを偶然見て花名を調べたというのが出会いだよ。気づかなかったけどうちの庭にも有るとはね!
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