ジミー・ペイジさん:原爆慰霊碑に献花 44年ぶり再訪

z7376.jpg
 

1970年代に活躍した英国の伝説的ロックバンド「レッド・ツェッペリン」のリーダーでギタリストのジミー・ペイジさん(71)が30日、44年ぶりに広島市中区の平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花した。ペイジさんは、80年に解散した同バンドのCDの発売プロモーションのため来日。被爆70年の節目として再訪を希望した。

 同バンドは71年の初来日時に広島市でチャリティーコンサートを開き、売上金約700万円を市を通じて被爆者に寄付した。当時、メンバーたちは「戦争を知らない私たちの心にも、人類が原爆を落としたことへの恥ずかしさがある」と語った。

 2度目の訪問で原爆ドームも見学したペイジさんは、松井一実市長から原爆慰霊碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」の文言を世界に広めてほしいと求められ、「もちろんだ」と快諾。「前回と同じように謙虚な気持ちになれた。あの日から70年たつが、広島に原爆が落ちたことは全世界の人が思い続けている。平和を祈り続けていきたい」と話した。【田中将隆】

 ◇感動残した1971年公演

 「彼らは広島に来るために日本に来ました」。名アナウンサーの糸居五郎さん(故人)の紹介でロックバンド「レッド・ツェッペリン」の4人が姿を現すと、観客約5000人の熱気は最高潮に達した。

 1971年9月27日、広島県立体育館(当時)で開かれた「愛と平和チャリティーコンサート」。当時中学2年でステージ正面から公演を見た同県廿日市市のイベントプランナー、河村真作さん(58)は「平和を呼び掛けるだけでなく、実際に被爆地まで来てくれたことに感激した」という。

 初来日したメンバーは、東京に次ぐ公演先に被爆地の広島を選んだ。山陽新幹線の開通前で、東京からは長時間を要した。「天国への階段」など14曲が披露され、興奮して舞台に上がった観客をなだめるため、メンバーが演奏を一時中断する一幕もあったという。


 「4人の演奏に圧倒された」という河村さんは、コンサートを機に音楽の仕事を志し、今はフリーでライブイベントの企画などをしている。「被爆2世の友人も多く、当時は原爆被害がリアルに感じられた。ジミー・ペイジは復興への勇気を与えてくれた。再訪は『広島を忘れてはいない』という大きなメッセージになる」と喜んでいた。【田中将隆】

ジジイだがあの当時は世界一のギタリストと言われた人だ!残念ながらドラムのボナーム(ボンゾ)が酒を呑みすぎて死んでしまったのでオリジナルは出来ないが往年のプレイは健在、再編してライブを行う可能性はある!

z7377.jpg
まあ若い時はジミーのプレイスタイルを真似してるバンドが沢山居たね!
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

370815hideto

Author:370815hideto
英人の単車魂へようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Twitter
ここからどうぞ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR