竹久夢二 随筆集「砂がき」より 兩國夜景

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兩國夜景

 揃ひの浴衣は、染違ひに半幅に筑波山をかさねて水に映つた心持の繪柄、半幅には、
筑波根を流して涼し隅田川
と龍耳宗匠の句を染めぬいたものだつた。
 船宿の女房は越後上布に唐繻子の引かけ帶ですらりと立つたものごしが、柳のやうで、柳橋の上に舟をもやつて、これから花火舟を出す間を、梅村屋の二階で潮時を待つてゐる[#「ゐる」は底本では「ぬる」]のだつた。
 松二郎は、何かたよりなく一座の會話からはなれて川添の方の二階の欄干に身を寄せて、今しも兩國へ兩國へとくりだす花火船を見るともなく眺めてゐた[#「ゐた」は底本では「ぬた」]。昨夜夜を徹して細君の縫つてくれた浴衣が何か身に添はぬつれない心持を感じながら袖を引張つて見た。
「みんな幸福なんだ」
 花火船の客はもう萬世のあたりできこしめしたらしく隣りの船の若い女に戲談を投げかけてゐる。
 音がするたびに、川にも岸にもまつ黒に埋まつた人間が一樣に顏をあげて空を見る。松二郎も附合のやうに空を見あげた。赤い達磨がふわりふわりと飛んで行く。松二郎は達磨が憎らしかった。
 お縫さんは、次の間でいましも浴衣に着換へて、時藏の夏祭の女房のやうに團扇で裾をおさへて、あでやかに、しかし美しさを惜し氣もなく笑ひながら、皆の前にきて坐つた。
 お縫さんはなんにも知らないのだ。松二郎が人知れず戀してゐることも、自分のあたらうつくしさも。
「さあ船へ乘る前に一首づつ作つて下さい」
 幹事がさう言つて促した。
廣重のあさぎの空についついと
のぼる花火をよしと思ひぬ
田之助に誰やら似たり薄墨の
山谷をいづる影繪舟かな
 これはお縫さんの歌である。なんという威勢の好い歌であらう。田之助はほつそりした美男であつたのに、私はこんなに丸つこく肥つてゐる。松二郎は身にあはぬ、浴衣の袖を今更のやうに引張りながら考へるのだつた。
わが戀はあさぎほのめくゆふそらに
はかなく消ゆる晝の花火か
細腰の紅あけのほそひもほそぼそに
消ぬがにひとの花火見あぐる
ほのかなる浴衣の藍の匂より
浮き名のたたばうれしからまし


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