孫子 兵法 「火攻篇」

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孫子曰、凡火攻有五、一曰火人、二曰火積、三曰火輜、四曰火庫、五曰火隊、行火必有因、煙火必素具、發火有時、起火有日、時者天之燥也、日者月在箕壁翼軫也、凡此四宿者、風起之日也、

孫子曰いわく、およそ火攻かこうに五あり。一に曰いわく、人を火やく、二に曰いわく、積しを火やく、三に曰いわく、輜しを火やく、四に曰いわく、庫こを火やく、五に曰いわく、隊たいを火やく。火ひを行おこなうには必ず因いんあり。煙火えんかは必ず素もとより具そなう。火を発するに時あり、火を起こすに日あり、時ときとは天の燥かわけるなり。日とは、月の箕き・壁へき・翼よく・軫しんにあるなり。およそこの四宿ししゅくは風起おこるの日ひなり。

凡火攻、必因五火之變而應之、火發於内、則早應之於外、火發兵靜者、待而勿攻、極其火力、可從而從之、不可從而止、火可發於外、無待於内、以時發之、火發上風、無攻下風、晝風久、夜風止、凡軍必知有五火之變、以數守之、

およそ火攻かこうは、必ず五火ごかの変に因よりてこれに応ず。火ひ、内うちに発すれば、早くこれに外そとに応ず。火ひ発してその兵静しずかなるは、待まちて攻せむることなかれ。その火力かりょくを極め、従うべくしてこれに従い、従うべからずして止やむ。火ひ、外に発すべくんば、内うちに待つことなく、時をもってこれを発せよ。火ひ、上風じょうふうに発すれば、下風かふうを攻むることなかれ。昼ひるの風は久しく、夜の風は止やむ。およそ軍は必ず五火ごかの変あるを知り、数すうをもってこれを守まもる。
火發兵靜者 … 武経本では「火發而其兵靜者」に作る。
而 … 武経本では「則」に作る。
有 … 武経本にはこの字なし。
故以火佐攻者明、以水佐攻者強、水可以絶、不可以奪、
ゆえに火をもって攻こうを佐たすくる者は明めいなり。水をもって攻こうを佐たすくる者は強きょうなり。水はもって絶たつべく、もって奪うばうべからず。

夫戰勝攻取、而不修其功者凶、命曰費留、故曰、明主慮之、良將修之、非利不動、非得不用、非危不戰、主不可以怒而興師、將不可以慍而致戰、合於利而動、不合於利而止、怒可以復喜、慍可以復悦、亡國不可以復存、死者不可以復生、故明君愼之、良將警之、此安國全軍之道也、

それ戦勝せんしょう攻取こうしゅして、その功こうを修めざるは凶きょうなり。命なづけて費留ひりゅうと曰いう。ゆえに曰いわく、明主めいしゅはこれを慮おもんぱかり、良将りょうしょうはこれを修む。利にあらざれば動かず、得うるにあらざれば用もちいず、危あやうきにあらざれば戦わず。主は怒りをもって師を興おこすべからず、将しょうは慍いきどおりをもって戦いを致すべからず。利に合がっして動き、利に合がっせずして止やむ。怒りはもってまた喜ぶべく、慍いきどおりはもってまた悦よろこぶべきも、亡国ぼうこくはもってまた存そんすべからず、死者はもってまた生いくべからず。ゆえに明君めいくんはこれを慎つつしみ、良将りょうしょうはこれを警いましむ。これ国を安やすんじ軍を全まっとうするの道みちなり。
悦 … 武経本では「説」に作る。
君 … 武経本では「主」に作る。



孫子 兵法 「九地篇」

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孫子曰、用兵之法、有散地、有輕地、有爭地、有交地、有衢地、有重地、有圮地、有圍地、有死地、諸侯自戰其地、爲散地、入人之地而不深者、爲輕地、我得則利、彼得亦利者、爲爭地、我可以往、彼可以來者、爲交地、諸侯之地三屬、先至而得天下之衆者、爲衢地、入人之地深、背城邑多者、爲重地、行山林、險阻、沮澤、凡難行之道者、爲圮、地、所由入者隘、所從歸者迂、彼寡可以撃吾之衆者、爲圍地、疾戰則存、不疾戰則亡者、爲死地、是故散地則無戰、輕地則無止、爭地則無攻、交地則無絶、衢地則合交、重地則掠、圮、地則行、圍地則謀、死地則戰、


孫子曰いわく、兵を用もちいるの法は、散地さんちあり、軽地けいちあり、争地そうちあり、交地こうちあり、衢地くちあり、重地ちょうちあり、圮地ひちあり、囲地いちあり、死地しちあり。諸侯みずからその地に戦うを散地さんちとなす。人の地に入りて深からざるものを軽地けいちとなす。われ得うれば利あり、かれ得うるもまた利あるものを争地そうちとなす。われもって往ゆくべく、かれもって来たるべきものを交地こうちとなす。諸侯の地三属さんぞくし、先さきに至れば天下の衆を得うべきものを衢地くちとなす。人の地に入ること深くして、城邑じょうゆうを背せにすること多きものを重地じゅうちとなす。山林、険阻けんそ、狙沢そたく、およそ行き難がたきの道を行くものを圮地ひちとなす。由よりて入るところのもの隘せまく、従よりて帰るところのもの迂うにして、かれ寡かにしてもってわれの衆を撃つべきものを囲地いちとなす。疾とく戦えば存そんし、疾とく戦わざれば亡ほろぶるものを死地しちとなす。このゆえに散地さんちにはすなわち戦うことなかれ。軽地けいちにはすなわち止とどまることなかれ。争地そうちにはすなわち攻せむることなかれ。交地こうちにはすなわち絶たつことなかれ。衢地くちにはすなわち交まじわりを合がっす。重地じゅうちにはすなわち掠かすむ。圮地ひちにはすなわち行く。囲地いちにはすなわち謀はかる。死地しちにはすなわち戦たたかう。
其地 … 武経本では「其地者」に作る。
則 … 武経本では「亦」に作る。
行 … 武経本にはこの字なし。
謀 … 武経本では「説」に作る。
死 … 武経本では「戎」に作る。




孫子 兵法 「地形篇」




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孫子曰:地形有通者、有掛者、有支者、有隘者、有險者、有遠者。我可以往,彼可以來,曰通。通形者,先居高陽,利糧道,以戰則利。可以往,難以返,曰掛。掛形者,敵無備,出而勝之,敵若有備,出而不勝,難以返,不利。我出而不利,彼出而不利,曰支。支形者,敵雖利我,我無出也,引而去之,令敵半出而擊之利。隘形者,我先居之,必盈之以待敵。若敵先居之,盈而勿從,不盈而從之。險形者,我先居之,必居高陽以待敵;若敵先居之,引而去之,勿從也。遠形者,勢均難以挑戰,戰而不利。凡此六者,地之道也,將之至任,不可不察也。
孫子說:地形有「通」、「掛」、「支」、「隘」、「險」、「遠」等六種。凡是我們可以去,敵人也可以來的地域,叫做「通」;在「通」形地域上,應搶先佔開闊向陽的高地,保持糧道暢通,這樣作戰就有利。凡是可以前進,難以返回的地域,稱作「掛」;在掛形的地域上,假如敵人沒有防備,我們就能突擊取勝。假如敵人有防備,出擊又不能取勝,而且難以回師,這就不利了。凡是我軍出擊不利,敵人出擊不利的地域叫做「支」。在「支」形地域上,敵人雖然以利相誘,我們也不要出擊,而應該率軍假裝退卻,誘使敵人出擊一半時再回師反擊,這樣就有利。在「隘」形地域上,我們應該搶先佔領,並用重兵封鎖隘口,以等待敵人的到來;如 果敵人已先佔據了隘口,並用重兵把守,我們就不要去進攻;如果敵人沒有用重兵據守隘口,那麼就可以進攻。在「險」形地域上,如果我軍先敵佔領,就必須控制 開闊向陽的高地,以等待敵人來犯;如果敵人先我佔領,就應該率軍撤離,不要去攻打它。在「遠」形地域上,敵我雙方地勢均同,就不宜去挑戰,勉強求戰,很是不利。以上六點,是利用地形的原則。這是將帥的重大責任所在,不可不認真考察研究。


凡兵有走者、有馳者、有陷者、有崩者、有亂者、有北者。凡此六者,非天地之災,將之過也。夫勢均,以一擊十,曰走;卒強吏弱,曰馳;吏強卒弱,曰陷;大吏怒而不服,遇敵懟而自戰,將不知其能,曰崩;將弱不嚴,教道不明,吏卒無常,陳兵縱橫,曰亂;將不能料敵,以少合眾,以弱擊強,兵無選鋒,曰北。凡此六者,敗之道也,將之至任,不可不察也。
軍隊打敗仗有「走」、「馳」、「陷」、「崩」、 「亂」、「北」六種情況。這六種情況的發生,不是天時地理的災害,而是將帥自身的過錯。地勢均同的情況下,以一擊十而導致失敗的,叫做「走」。士卒強捍, 軍官懦弱而造成失敗的,叫做「馳」。將帥強悍,士卒儒弱而失敗的,叫做「陷」。偏將怨仇不服從指揮,遇到敵人擅自出戰,主將又不瞭解他們能力,因而失敗的,叫做「崩」。將帥懦弱缺乏威嚴,治軍沒有章法,官兵關係混亂緊張,列兵佈陣雜亂無常,因此而致敗的,叫做「亂」。將帥不能正確判斷敵情,以少擊眾,以弱擊強,作戰又沒有精銳先鋒部隊,因而落敗的,叫做「北」。以上六種情況,均是導致失敗的原因。這是將帥的重大責任之所在,是不可不認真考察研究的。


夫地形者,兵之助也。料敵制勝,計險隘遠近,上將之道也。知此而用戰者必勝,不知此而用戰者必敗。故戰道必勝,主曰無戰,必戰可也;戰道不勝,主曰必戰,無戰可也。故進不求名,退不避罪,唯民是保,而利於主,國之寶也。
地形是用兵打仗的輔助條件。正確判斷敵情,考察地形險易,計算道路遠近,這是高明的將領必須掌握的方法,懂得這些道理去指揮作戰的,必定能夠勝利;不瞭解這些道理去指揮作戰的,必定失敗。所以,根據分析有必勝把握的,即使國君主張不打,堅持打也是可以的;根據分析沒有必勝把握的,即使國君主張打,不打也是可以的。所以,戰不謀求勝利的名聲,退不迴避失利的罪責,只求保全百姓,符合國君利益,這樣的將帥,才是國家的寶貴財富。


視卒如嬰兒,故可以與之赴深溪;視卒如愛子,故可與之俱死。厚而不能使,愛而不能令,亂而不能治,譬若驕子,不可用也。知吾卒之可以擊,而不知敵之不可擊,勝之半也;知敵之可擊,而不知吾卒之不可以擊,勝之半也;知敵之可擊,知吾卒之可以擊,而不知地形之不可以戰,勝之半也。
對待士卒像對待嬰兒,士卒就可以同他共患難:對待士卒像對待自己的兒子,士卒就可以跟他同生共死。如果對士卒厚待卻不能使用,溺愛卻不能指揮,違法而不能懲治,那就如同驕慣了的子女,是不可以用來同敵作戰的。只瞭解自己的部隊可以打,而不瞭解敵人不可打,取勝的可能只有一半;只瞭解敵人可以打,而不瞭解自己的部隊不可以打,取勝的可能也只有一半。知道敵人可以打,也知道自己的部隊能打,但是不瞭解地形不利於作戰,取勝的可能性仍然只有一半。


故知兵者,動而不迷,舉而不窮。故曰:知彼知己,勝乃不殆;知天知地,勝乃可全。
所以,懂得用兵的人,他行動起來不會迷惑,他的戰術變化無窮。所以說,了解敵人,又了解自己,勝利才有把握﹔如果再了解天時地利,那就可以大獲全勝了。

孫子曰く、地形には通なる者あり、挂(けい)なる者あり、支なる者あり、隘なる者あり、険なる者あり、遠なる者あり。我以て往くべく彼以て来たるべきを通と曰う(いう)。通なる形には、先ず高陽に居り、糧道を利して以て戦えば、則ち利あり。以て往くべきも以て返り難きを挂(けい)と曰う。挂なる形には、敵に備えなければ出でてこれに勝ち、敵若し備え有れば出でて勝たず、以て返り難くして不利なり。我出でて不利、彼も出でて不利なるを支と曰う。支なる形には、敵、我を利すと雖も、我出ずることなかれ。引きてこれを去り、敵をして半ば出でしめてこれを撃つは利なり。

隘なる形には、我先ずこれに居れば、必ずこれを盈たして(みたして)以て敵を待つ。若し敵先ずこれに居り、盈つれば而ち(すなわち)従うこと勿れ、盈たざれば而ちこれに従え。険なる形には、我先ずこれに居れば、必ず高陽に居りて以て敵を待つ。若し敵先ずこれに居れば、引きてこれを去りて従うこと勿れ。遠なる形には、勢い均しければ以て戦いを挑み難く、戦えば而ち不利なり。凡そ此の六者は地の道なり。将の至任(しにん)にして察せざるべからざるなり。

故に、兵には、走る者あり、弛む者あり、陥る者あり、崩るる者あり、乱るる者あり、北ぐる(にぐる)者あり。凡そ此の六者は天の災いに非ず、将の過ちなり。夫れ勢い均しきとき、一を以て十を撃つを走ると曰う。卒強くして吏弱きを弛むと曰う。官強くして卒弱きを陥ると曰う。大吏怒りて服さず、敵に遇えば(あえば)うらみて自ら戦い、将は其の能を知らざるを崩ると曰う。将弱くして厳ならず。教道も明らかならずして、吏卒常なく、兵を陳ぬる(つらぬる)こと縦横(しょうおう)なるを乱ると曰う。将、敵を料る(はかる)こと能わず、小を以て衆に合い、弱を以て強を撃ち、兵に選鋒(せんぽう)なきを北ぐ(にぐ)と曰う。凡そ此の六者は敗の道なり。将の至任(しにん)にして察せざるべからざるなり。

夫れ(それ)地形は兵の助けなり。敵を料りて勝を制し、険夷(けんい)、遠近を計るは、上将の道なり。此れを知りて戦いを用なう(おこなう)者は必ず勝ち、此れを知らずして戦いを用なう者は必ず敗る。故に戦道必ず勝たば、主は戦うなかれと曰うとも必ず戦いて可なり。戦道勝たずんば、主は必ず戦えと曰うとも戦うなくして可なり。故に進んで名を求めず、退いて罪を避けず、唯(ただ)民を是れ(これ)保ちて而して(しかして)利の主に合うは、国の宝なり。



孫子 兵法 「行軍篇」

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孫子曰:凡處軍相敵,絕山依谷,視生處高,戰隆無登,此處山之軍也。絕水必遠水,客絕水而來,勿迎之於水內,令半渡而擊之利,欲戰者,無附於水而迎客,視生處高,無迎水流,此處水上之軍也。絕斥澤,唯亟去無留,若交軍於斥澤之中,必依水草而背眾樹,此處斥澤之軍也。平陸處易,右背高,前死後生,此處平陸之軍也。凡此四軍之利,黃帝之所以勝四帝也。
孫子說:在各種不同地形上處置軍隊和觀察判斷敵情時,應該注意:通過山地,必須依靠有水草的山谷,駐紮在居高向陽的地方,敵人佔領高地,不要仰攻,這是在 山地上對軍隊的處置原則。橫渡江河,應遠離水流駐紮,敵人渡水來戰,不要在江河中迎擊,而要等它渡過一半時再攻擊,這樣較為有利。如果要同敵人決戰,不要緊靠水邊列陣;在江河地帶紮營,也要居高向陽,不要面迎水流,這是在江河地帶上對軍隊處置的原則。通過鹽鹼沼澤地帶,要迅速離開,不要逗留;如果同敵軍相遇於鹽鹼沼澤地帶,那就必須靠近水草而背靠樹林,這是在鹽鹼沼澤地帶上對軍隊處置的原則。在平原上應佔領開闊地域,而側翼要依託高地,前低後高。這是在平原地帶上對軍隊處置的原則。以上四中「處軍」原則的好處,就是黃帝之所以能戰勝其他四帝的原因。


凡軍好高而惡下,貴陽而賤陰,養生而處實,軍無百疾,是謂必勝。丘陵堤防,必處其陽而右背之,此兵之利,地之助也。上雨水流至,欲涉者,待其定也。
大凡駐軍總是喜歡乾燥的高地,避開潮濕的窪地;重視向陽之處,避開陰暗之地;靠近水草地區,軍需供應充足,將士百病不生,這樣就有了勝利的保證。在丘陵堤防行軍,必須佔領它向陽的一面,並把主要側翼背靠著它。這些對於用兵有利的措施,是利用地形作為輔助條件的。上游下雨,洪水突至,禁止徒涉,應等待水流稍平緩以後。


凡地有絕澗、天井、天牢、天羅、天陷、天隙,必亟去之,勿近也。吾遠之,敵近之;吾迎之,敵背之。軍旁有險阻、潢井、葭葦、林木、翳薈者,必謹覆索之,此伏奸之所處也。
凡遇到或通過「絕澗」、「天井」、「天牢」、「天羅」、「天陷」、「天隙」這幾種地形,必須迅速離開,不要接近。我們應該遠離這些地形,而讓敵人去靠近它;我們應面向這些地形,而讓敵人去背靠它。軍隊兩旁遇到有險峻的隘路、湖沼、水網、蘆葦、山林和草木茂盛的地方,必須謹慎地反覆搜索,這些都是敵人可能埋設伏兵和隱伏奸細的地方。


敵近而靜者,恃其險也;遠而挑戰者,欲人之進也;其所居易者,利也;眾樹動者,來也; 眾草多障者,疑也;鳥起者,伏也;獸駭者,覆也;塵高而銳者,車來也;卑而廣者,徒來也;散而條達者,樵採也;少而往來者,營軍也;
敵人離我很近而安靜的,是依仗它佔領險要地形;敵人離我很遠但挑戰不休,是想誘我前進;敵人之所以駐紮在平坦地方,是因為對它有某種好處。許多樹木搖動,是敵人隱蔽前來;草叢中有許多遮障物,是敵人布下的疑陣;群鳥驚飛,是下面有伏兵;野獸駭奔,是敵人大舉突襲; 塵土高而尖,是敵人戰車駛來;塵土低而寬廣,是敵人的步兵開來;塵土疏散飛揚,是敵人正在拽柴而走;塵土少而時起時落;是敵人正在紮營。


辭卑而益備者,進也;辭強而進驅者,退也;輕車先出居其側者,陳也;無約而請和者,謀也;奔走而陳兵者,期也;半進半退者,誘也;
敵人使者措辭謙卑卻又在加緊戰備的,是準備進攻;措辭強硬而軍隊又做出前進姿態的,是準備撤退;輕車先出動,部署在兩翼的,是在布列陣勢;敵人尚未受挫而來講和的,是另有陰謀;敵人急速奔跑並排並列陣的,是企圖約期同我決戰;敵人半進半退的,是企圖引誘我軍。


杖而立者,飢也;汲而先飲者,渴也;見利而不進者,勞也;鳥集者,虛也;夜呼者,恐也;軍擾者,將不重也;旌旗動者,亂也;吏怒者,倦也;殺馬肉食者,軍無糧也;懸缸不返其舍者,窮寇也;諄諄翕翕,徐與人言者,失眾也;數賞者,窘也;數罰者,困也;先暴而後畏其眾者,不精之至也;來委謝者,欲休息也。兵怒而相迎,久而不合,又不相去,必謹察之。
抵兵倚著兵器而站立的,是飢餓的表現;供水兵打水自己先飲的,是乾渴的表現;敵人見利而不進兵爭奪的,是疲勞的表現;敵人營寨上聚集鳥雀的,下面是空營;敵人夜間驚叫的,是恐慌的表現;敵營驚擾紛亂的,是敵將沒有威嚴的表現;旌旗搖動不整齊的,是敵人隊伍已經混亂。敵人軍官易怒的,是全軍疲倦的表現;用糧食餵馬,殺馬吃肉,收拾起汲水器具,部隊不返營房的,是要拚死的窮寇;低聲下氣同部下講話的,是敵將失去人心;不斷犒賞士卒的,是敵軍沒有辦法;不斷懲罰部屬的,是敵人處境困難;先粗暴然後又害怕部下的,是最不精明的將領;派來使者送禮言好的,是敵人想休兵息戰;敵人逞怒同我對陣,但久不交鋒又不撤退的,必須謹慎地觀察他的企圖。


兵非貴益多也,惟無武進,足以併力、料敵、取人而已。夫惟無慮而易敵者,必擒於人。卒未親而罰之,則不服,不服則難用。卒已親附而罰不行,則不可用。故合之以文,齊之以武,是謂必取。令素行以教其民,則民服;令素不行以教其民,則民不服。令素行者,與眾相得也。
打仗不在於兵力越多越好,只要不輕敵冒進,並集中兵力、判明敵情,取得部下的信任和支持,也就足夠了。那種既無深謀遠慮而又輕敵的人,必定會被敵人俘虜。士卒還沒有親近依附就執行懲罰,那麼他們會不服,不服就很難使用。士卒已經親近依附,如果不執行軍紀軍法, 也不能用來作戰。所以,要用懷柔寬仁使他們思想統一,用軍紀軍法使他們行動一致,這樣就必能取得部下的敬畏和擁戴。平素嚴格貫徹命令,管教士卒,士卒就能養成服從的習慣;平素從來不嚴格貫徹命令,管教士卒,士卒就會養成不服從的習慣。平時命令能貫徹執行的,表明將帥同士卒之間相處融洽。


孫子曰く、およそ軍を処き敵を相るに、山を越ゆれば谷に依り、生を視て高きに処り、隆きに戦うに登ることなかれ。これ山に処るの軍なり。
水を絶れば必ず水に遠ざかり、客、水を絶りて来たらば、これを水の内に迎うるなく、半ば済らしめてこれを撃つは利あり。戦わんと欲する者は、水に附きて客を迎うることなかれ。生を視て高きに処り、水流を迎うることなかれ。これ水上に処るの軍なり。

斥沢を絶ゆれば、ただ亟かに去って留まることなかれ。もし軍を斥沢の中に交うれば、必ず水草に依りて衆樹を背にせよ。これ斥沢に処るの軍なり。
平陸には易きに処りて高きを右背にし、死を前にして生を後にせよ。これ平陸に処るの軍なり。およそこの四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちしゆえんなり。
およそ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴びて陰を賎しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なし。これを必勝と謂う。丘陵隄防には必ずその陽に処りてこれを右背にす。これ兵の利、地の助けなり。上に雨ふりて水沫至らば、渉らんと欲する者は、その定まるを待て。
およそ地に絶澗、天井、天牢、天羅、天陥、天隙あらば、必ず亟かにこれを去りて近づくことなかれ。われはこれに遠ざかり、敵はこれに近づかせ、われはこれを迎え、敵はこれに背にせしめよ。
軍行に険阻、溝井、葭葦、山林、翳薈あらば、必ず謹んでこれを覆索せよ。これ伏姦の処る所ところなり。
敵近くして静かなるはその険を恃めばなり。遠くして戦いを挑むは、人の進むを欲するなり。その居る所の易なるは、利なればなり。衆樹の動くは、来たるなり。衆草の障多きは、疑なり。鳥の起つは、伏なり。獣の駭くは、覆なり。塵高くして鋭きは、車の来たるなり。卑くして広きは、徒の来たるなり。散じて条達するは、樵採するなり。少なくして往来するは、軍を営むなり。
辞卑くして備えを益すは、進むなり。辞疆くして進駆するは、退くなり。軽車まず出でてその側に居るは、陳するなり。約なくして和を請うは、謀るなり。奔走して兵車を陳ぬるは、期するなり。半進半退するは、誘うなり。
杖つきて立つは、飢うるなり。汲みてまず飲むは、渇するなり。利を見て進まざるは、労るるなり。鳥の集まるは、虚しきなり。夜呼ぶは、恐るるなり。軍の擾るるは、将の重からざるなり。旌旗の動くは、乱るるなり。吏の怒るは、倦みたるなり。馬を粟して肉食するは、軍に糧なきなり。缻を懸けてその舎に返らざるは、窮寇なり。諄諄翕翕として、徐に人と言うは、衆を失うなり。しばしば賞するは苦しむなり。しばしば罰するは困しむなり。先に暴にして後にその衆を畏るるは、不精の至りなり。来たりて委謝するは、休息を欲するなり。兵怒りて相迎え、久しくして合せず、また相去らざるは、必ず謹みてこれを察せよ。
兵は多きを益とするに非ざるなり。ただ武進することなく、もって力を併せて敵を料るに足らば、人を取らんのみ。それただ慮りなくして敵を易る者は、必ず人に擒にせらる。卒、いまだ親附せざるにしかもこれを罰すれば、すなわち服せず。服せざればすなわち用い難きなり。卒すでに親附せるにしかも罰行なわれざれば、すなわち用うべからざるなり。ゆえにこれに令するに文をもってし、これを斉うるに武をもってす。これを必取と謂う。令、素もとより行なわれて、もってその民を教うれば、すなわち民服す。令、素より行なわれずして、もってその民を教うれば、すなわち民服せず。令、素より行なわるる者は、衆と相得るなり。


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